坐り雛の元祖「寛永雛」は江戸時代に考案 されたお雛様です
古く平安時代のひいなあそびとお祓い(おはらい)の「かたしろ」が、時代の流れの中でむすびつき、とけあってできたのが雛人形の源流の一つとされています。江戸時代のはじめの頃は男女一対なので夫婦雛(めおとびな)とも呼ばれています。
この座りびなの最初に登場したのが「寛永雛」でした。寛永雛は束帯姿・面長な古典的気品のある顔立ちで、いまの京雛の源流とも言えます。 これまでの立雛から造形的に進化し、立体的な座像になったところに、この時代の京雛に観賞工芸的な価値が生まれたことをうかがわせます。この後につくられる「元禄雛」は、寛永雛の流れをくんだ京雛の面影を残しながらも、さらに技巧がくわえられるようになりました。人形師が匠の技と美意識を競いあった京雛は、このように育まれていったのです。
その後江戸時代には個性豊かな雛人形がたくさん誕生しましたが、今日それらが山形県の最上川流域の町々に大事に保管され、雛祭りの頃には「雛のみち」として一般に公開されています。上方、京都の公家文化が現在でも山形県で見られるのは奇異でありますが貴重なことです。
寛永雛の由来と歴史
寛永雛は寛永の頃のものといわれますが、寛永というのは少しさかのぼりすぎるように思われます。大きさは男雛12センチ、女雛9センチぐらいが中心です。女雛は唐衣(からぎぬ)も裳(も)もつけず、男雛と同じ赤い下手(げて)の黄(おう)どんの小袖をつけていて、袖を左右にひろげており手がありません。紅の平絹の袴(はかま)をはかせ、その袴の中に綿を入れ、丸くふくらませて膝をつくっています。
男雛は髪を植えず、冠(かんむり)と頭を一つの練物(ねりもの)でつくっていて、髪も冠も墨で塗っています。
女雛の小袖を着て、袖を左右にひろげているのは、享保年間の「女風俗玉鏡(たまかがみ)」に描かれており、このころも飾られていました。その姿は紙雛時代の名残を感じるところがあり、雛人形が立体化されて人間らしい形を整えて来た時代の到来を思わせます。これ以降に製作されるさまざまな内裏雛の源流というところでしょう。
その後も下級品には、こうした袖をひろげた雛がありました。女雛の冠は天冠(てんがん)といい、江戸時代からそう呼ばれました。享保の頃までは一般の雛にはなく、その後もないものが多くありました。
寛永雛と山形県の関係とは?
江戸時代、山形県・最上川の上流地域は紅花の産地で大変栄えました。河口から上流まで航路が開かれ、鶴岡、酒田から上方、京都へと「北前船」で紅花をはじめ山形県の多くの産物が運ばれました。
帰りの船は京都の生活物資だけでなく、たくさんの上方文化を積んで帰ってきました。この中に寛永雛をはじめ貴重な雛人形がたくさん含まれていました。
今からおよそ30年前、最上川流域の酒田、鶴岡から上流の天童、大石田、谷地などの町々は「雛のみち」と称して、二月から四月の間に自宅を中心に雛人形を展示し、一般公開が始まりました。最上川の舟運がもたらした雅な雛人形を求めて、全国から大勢の観光客が毎年訪れています。
現在、全国各地で早春に雛人形を飾る「町かど雛めぐり」が、観光と町おこしを目的として行われています。この一番最初、元祖は山形県・最上川流域の「雛のみち」です。
現代の住環境だからこそ飾りたい寛永雛
最近の雛人形をお求めになるお客様は「他にない私だけのお雛さま」を希望される方が多くなっています。これはご自分のお子さまが将来個性豊かに成長されることを期待されているからと思います。
雛人形のルーツは平安時代ですが今日のような形になったのは江戸時代、平和な時代に花が開きました。座り雛では寛永雛がはじまりで、その後享保雛、次郎左衛門雛、有職雛(ゆうそくびな)、古今雛(こきんびな)など個性的なお雛さまが登場し、今日の雛人形に至っています。
現在の住宅においてもご自分の主張を取り入れた間取り、デザインなど注文住宅が多くなっています。そこへ飾る雛人形もまた同じです。江戸時代のお雛さまは個性豊かですので、今後雛人形の市場において「江戸のお雛さまの復活」が期待されます。
現代の雛人形はモダンなタイプが増えています。
一部ご紹介しますので見比べてみてください。
- 東之華 立雛「黄櫨染立雛」」
女流作家東之華による「黄櫨染」の立雛飾り。伝統的な衣裳に柄や古来より縁起が良いとされる五色を重ねに使用しておりますが、仕立てや色使いに東之華の世界が垣間見えます。
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- 東之華 立雛飾り「大夢」
独自の世界観を持ち、人々を魅了し続ける女流作家東之華の代表作ともいえる-大夢- 金色に輝く正絹の吉祥唐花華紋と銀色波柄衣裳を着付けした立姿は、ウエディングドレスを連想させます。女性らしいやわらかなフォルムや重ねの美しさは特別なお祝いにふさわしいお雛さまです。
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- 優雅 収納飾り「新古今」
豪華な刺繍の敷き布の下は家具調の収納箱。豪華で高級感があり、「優雅」収納飾りの中で人気No.1セットです。
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- 優雅 親王飾り「夢刺繍」
黒を基調とした舞台に白衣裳が映える、エレガントなお雛さまです。
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- 木目込人形 賢一 親王飾り「以和喜 帯地」:鋭いラインと優雅な曲線を兼ね備えた造形に、着物の帯を木目込み、繊細で高級感のある人形に仕上がりました。屏風は正絹の金通しの生地を使用し、白地に奥ゆかしく金糸が輝きます。人形はもちろん道具にもこだわりぬいた賢一工房の逸品です。
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まとめ
江戸時代、雛人形が華やかに登場したのは寛永雛が最初で、その後享保雛、次郎左衛門雛などつぎつぎと立派な雛人形が誕生しました。
また江戸時代に幕府は「五節句(ごせっく)」を元旦とともに国家行事の日に制定して、重要な式日、祝日とし、人々の休養の日となりました。
五節句は1月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕、9月9日の重陽(ちょうよう)です。このうちの一つ、上巳すなわち桃の節句、ひなまつりの登場により、雛人形の必要性に拍車をかけることになったと思われます。
今日の国際社会において、江戸時代から続く桃の節句を中心とした五節句を、海外に誇れる日本の伝統、文化として大事にしましょう。