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人形が紡ぐ家族の絆
運命を変えたテレビ番組
人生はいつ、どんなきっかけで向かうべき方向を決めるのでしょう。
東玉工房において4番目となる木目込人形作家の名前がついたブランド<ゆかり>。ゆかりは埼玉県川越市の出身。大学では日本文学を学び、「入学当初はまさか自分が人形職人になるなんて想像もしていなかった」という“ごく普通の女子大生”でした。そんな彼女の運命を変えたのが一本のテレビ番組~母親が工房で人形づくりを学び、娘のためにこの世にたったひとつの雛人形を手づくりするというドキュメンタリー~でした。
「人形に込められた母親の娘に対する深い愛情に心を打たれました。そして人形づくりがただモノをつくるのではなく、そんな人の思いと共にあることを知って、自分でも不思議なくらい人形の世界をもっと知りたいと思ったのです」
この経験をきっかけに運命の歯車が回るかのように人生が大きく動き始めます。岩槻を訪れ、何軒もの人形店を周り、販売員、店主、時には職人の話を聞く。そんな経験を積めば積むほどに新たな興味が生まれ、それは尽きることはありません。そしていつしかこう思うようになります。
「人形文化を絶やしたくない」
鈴木賢一の助手として
ゆかり
岩槻の人形店を訪問する中、彼女は大学在学中に東玉でインターンシップ(就業体験)を経験。その縁もあって後に就職を決めます。もちろん事務職、営業などではなく工房に属する職人として。
入社半年前からは東玉人形学院に通い、基礎の基礎から人形づくりの学びが始まりました。何も知らない女子大生がゼロから、妥協を許さない職人の世界へと飛び込む。おそらく相当な覚悟があったでしょう。しかし彼女はそんな修行時代を「辛いと思ったことはありません。毎日人形づくりの新しい発見があり聞いた事もない事を知る楽しさ、専門用語を聞くだけでわくわくするような、楽しさの方が大きかったですね」と振り返ります。
もっと知りたい、もっと学びたい。まさに乾いたタオルに水が吸い込まれるように、貪欲に多くのことを吸収していきました。なかでも入社後すぐ、工房との兼務で人形学院の業務に関わったことは大きな経験となりました。当時、すでに東玉での雛人形づくりの一線から退いていた鈴木賢一が人形学院で後進の指導にあたっており、多くの技を間近で学ぶ機会を得たのです。
「生徒さんへの指導の合間に私も教えを受けることもありました。たとえば塗料である胡粉を溶く作業など。その日の気候に合わせて水分、膠の量を微妙に調整する、賢一先生の技を間近で体感できたことは大きな経験になりました」
この師弟関係は鈴木賢一が逝去する2010年まで続きます。その意味では賢一の最後の薫陶を受けた人形職人ということになります。しかし彼女は「賢一先生から学んだことすべてが私の財産」だとした上で、このように言葉をつなぎます。 「あと10年早ければ工房で技術的な事も含め、人形に向かい合う心、姿勢を学び得られたのではないかと思うこともあります」
十年目の挑戦
「いずれは自分の思った作品を発表できるようになりたい」
東玉に入社する際、入社試験の面接で彼女はこんな風に将来の目標を口にします。それはぼんやりとしていて、まだ形すら見えない、まさに“夢”でしかありませんでした。しかし、鈴木賢一の指導、工房での実務、さらには頭師・大塚玉映の元での修行などを経て徐々に頭角を現し、ついに2014年、自らの名を冠した<ゆかり>シリーズを発表することになります。
「時期尚早ではないかと思いました」と彼女自身も言うように、入社10年目でのブランドデビューは異例の早さです。これは彼女の人形づくりへの情熱が、入社後もまったく薄れることなく、いかに貪欲に学び、技術を吸収し、職人として成長してきたかを示すものと言えるでしょう。
「技術、品質について、まったく心配はしていませんでした。むしろ<ゆかり>が持っている感性に注目しました。実際の製品を見ていただければ独特の世界観が分かってもらえるはずです」東玉会長の戸塚隆がそう評するように、<ゆかり>には新しい発想が随所に織り込まれています。
たとえば『遊彩』というシリーズでは男雛、女雛を父と母に見たて、そして庭に見立てた台座では羽根つきやお囃子をしながら遊ぶ子どもなどを配し、本来、宮廷の婚礼がモチーフだとされる雛人形をひとつの家族の風景と捉え、家族の絆などを表現したのです。
「どんな時でも支えてくれる人がそばにいる。家族の絆、両親からの愛情を子どもたちに感じてもらえる雛人形をつくりたかった」と言うこの作品は男雛の右手には小鳥、女雛の手には花飾り、姉妹と思しき娘の手には風車という具合にすべての人形に動きがあり、水玉柄の衣装、茶色がかった髪色など、細部にPOPな表現が散りばめられているのに全体からは民話やお伽話といった、どことなく伝統的な匂いも醸し出す、不思議な世界観を持っています。さらにこの作品は並べ方にルールを設けず、おままごとをするかのように自由に配置できるという仕掛けが施されているのです。
「毎年いろいろな物語を想像しながら親子で飾って欲しい。この雛人形は、その様な家族との思い出の記憶を残し、伝えていくものでもあるのです」そう彼女は作品に込めた想いを話します。
思い出の宝箱
遊香シリーズ 麗香
一方<ゆかり>にはもうひとつ『遊香』というシリーズがあり、こちらは御所人形を思わせる大きなお顔とふくよかなからだつきが特徴です。『遊彩』が新しさの中に伝統を感じさせるものだとしたら、こちらは伝統をベースにしながら、書き目で表現した愛らしい瞳、衣裳、屏風などの柄、色使いなど、細部に新しさを宿したものです。シリーズ内のひとつ「菜乃香雛」という作品では、お雛様の袖の袂に丸みを帯びた木の葉型の造形が施されています。これは新芽をイメージし「力強く成長して欲しい」という願いを込めたもの。「今、生きている命に感謝する。そんな気持ちが芽生えるような舞台を表現したかった」という言葉が示すように<ゆかり>の底辺には「生の喜び」「命への感謝」「家族の愛」といった想いが流れています。「雛人形は『思い出の宝箱』。人形を通じた家族の絆やコミュニケーションなど、人の気持ちが豊かになっていく作品を出していきたい」
そう、彼女は信じているのです。「人形にはそんな力がある」ことを。
PROFILE
ゆかり
平成16年 | 雛匠東玉に入社 |
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平成18年 | 頭師・大塚玉映のもとで、人形頭製作の技術を学ぶ |
平成20年 | 東玉工房・企画製作主任に就任 |
平成26年 | 「ゆかりシリーズ」を発表 |
平成27年 | 新商品「遊香シリーズ」を発表 |
平成27年 | さいたま市観光大使 |